冬の寒い朝、5歳の長女と霜柱を見つけに行ったところ、長女のイメージが現物と大きく違ったので、実体験は大切だと感じました。
父、公園で霜柱を発見する
冬の一番寒い時期になりました。
例年に比べ暖かい冬を迎えていますが、それでも真冬の朝は寒いです。
妻と子どもたちに朝食を出し、食べている間に日課のランニングをしていたところ、通りかかった公園で霜柱を見つけました。
これは子どもの自然体験にいいぞと思い、帰宅して子どもたちを公園に誘うことにしました。
公園に着いたけれど、霜柱がない!?
5歳の長女も3歳の次女も大喜び、急いで朝食を終わらせてパジャマから暖かい服装に着替え、霜柱を観察しに行くことにしました。
ここまでで、子どもたちに与えたのは「しもばしらがこうえんにある」という情報です。
公園の入り口に着きました。
さて霜柱ができている柔らかい土のある場所に行こうとした時、落胆した様子で長女が言いました。
「しもばしら、ないじゃん」
しもばしらってどの柱?
長女の発言はやや上を見上げながら出てきたものでした。どうやら、建物を支える柱をイメージしていたようです。
そう言えば、長女は生まれてからずっと都市部に住んでいて、家庭生活で霜柱を見せたのは初めてでした。
家庭生活以外では、保育園の屋外活動で公園の草花に触れる機会があります。
しかし冬の早朝にしか見られない霜柱を目にする機会や、霜柱という単語を耳にする機会はなかったのでしょう。
人生で初めて霜柱を間近で見た時、長女の目は輝いていました。
氷が地面に生えている様子、踏むとザクザク聞こえる音、足の裏から伝わる固さやもろさなど、実体験で強く印象付けられた様子でした。
幼児の考える力と、経験の重要性を感じた日
偶然に見つけた霜柱によって、親として様々ことに気づくことができました。
まず幼児の考える力の高さです。長女は「しもばしら」という単語から、柱の仲間であるということを連想していました。
次に経験の重要性です。
長女が今までの自身の経験から見出した法則性はある側面で正しかったのですが、結果として見当違いになっていました。
常識を身に着けるためには経験が必要になります。
経験を積むには普段から親が子どもをいろいろなことに触れさせる機会を提供することが大事だと感じました。